この講師から学んでよかった、と評価を高める不可欠な要素とは?

Pocket

 

講師など教える立場の人が評価されるポイントに、『現場感がある』という表現があります。

受講者からのアンケートに「講師のお話に現場感がありました」なんて記述されると、賛辞を受けたという印象を得ます。

学ぶ人は間違いなく、未知なる知識や実践するための理論、方法を求めているわけですが、高尚な情報だけでは”腹落ち”に欠けるのです。

文献などでは知ることのできない、その講師の経験を通した情報
それも、学ぶ人との間で「あるある」という反応につながる、小さなシンクロを生む情報が重要といえましょう。

 

0334 1

 

豊富な知識がある、質問に適確に答えてくれる、参考となる事例をよく知っている、などの講義テーマへの造詣
話し方がわかりやすい、笑いで場を和ませる、姿勢がよくて清潔感あり、など講師としての魅せ方

教える人としては、上記のような要素に対してレベルアップを求め、努力を重ねます。

ただ、これらは講師として成り立つために、誰もが取り組むべき対象であるといえます。

 

教える人として評価を得るには、さらなるプラスαが必要だと考えます。

学ぶ人から「文献や資料をただ解説されている」にしか感じられないようでは、教える側として不合格です。
学びの場にいてこそ得られるライブな情報に、自分にも通じる体験談やノウハウ、勘どころが含まれるから、講師が「先生(先に生まれた)」と呼ばれる所以となるのでしょう。

ただし、自慢話と捉えられては逆効果です。
「実は私にも様々な黒歴史がございましてね……」など、あくまでも謙虚な語り口でありながら、リアルにその場の状況を失敗や反省を含ませて伝えた方が、共感を得られやすいと思います。

テキストやマニュアルのような形式知は「こうしましょう」というOK情報。それらに記載されない暗黙知は「やめたほうがいいですよ」なるNG情報で腑に落ちたりしますからね。
(自信のある講師ほど、いまが確立されているからか自慢しない=自分を落とす=傾向があります)

例:【教えるスキルカード】より

0162_3.jpg

 

評価というのは、当たり前(期待)以上の得るモノがあってこそ生まれます。

この講師でしか得られない”ほんの小さな発見”。
そんな刺激を学ぶ人たちへどれだけ提供できるかに、eラーニングでは適わない講師の存在意義があると考えるのです。

「○○先生の別の講義をぜひ受けたいと思います」なんてアンケートに書かれたら、その受講者に「いいから、いいから」と小遣いをあげたくなりますものね。

 

Related Posts Plugin for WordPress, Blogger...

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。