能力の高い人が、必ずしも教え上手とは限らない理由

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「オレ、〇〇マネージャーみたいな企画マンになりたいッス。弟子にしてください!」

「〇〇さんが作るケーキって絶品よねぇ。ぜひ、教わりたいわぁ!」

誰もが才能溢れる人に憧れ、その人物が持つ技術や知恵を少しでも授かりたいと願います。

そして幸運にも、その教えを受ける機会があったりするのですが……あれ? よくわかんない。やっても思うようにできない……。

やはり能力に開きがあり過ぎるので、自分がスキルアップするのは無理なんだ〜、と落胆と共にあきらめますが、果たして学ぶ側のレベルだけが問題なのでしょうか……

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才能とは持って生まれたものとされますが、後天的にそれを継続して磨いていかないと、能力としては定着しません。

能力とは様々な状況にあっても常に発揮できる力であり、他者が求める価値(期待以上)を提供できることで認められるスキルです。

そしてその能力開発には、ストイックに自らの技術を高める姿勢が求められ、大脳生理学的にいえば主に『大脳新皮質系』の特性が影響すると考えられます。

 

しかしこの自らに磨きをかけていく『大脳新皮質系』は、人とつながって指導していく能力を養うものとは言い難いです。
どちらかというと他者との関係性に影響する『大脳辺縁系』の特性が、人を教えるためには役に立ったりします。

したがって、素晴らしい能力を持ち合わせていても、誰かの学びを喚起しその育成に役立つ技術を保有できているわけでないのです。

結婚式で「彼はミュージシャンですから、一曲歌ってもらいましょう」と リクエストされて困るようなものです。楽器演奏ができるからといっても、歌が唄えるとは限りません。

上図のように、憧れられる能力(魅せる力)と感謝される能力(教える力)とは、互いに影響し合うけどそれを強化するには別物と考えるべきでしょう。

「背中を見て学べ!」とは、能力がありながら教えるのが得意でない人の言い草かもしれませんね。

 

人が羨む能力を保有するだけでなく、そこへ教える力を加えることで、まさにプロフェッショナルへと飛躍する−−そんな人たちに役立つ実践的なメソッドを体系化していこうと、胸に秘める今日この頃です。

 

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