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『捨て笑い』というトレーニングで、学ぶ人の教わる気持ちが高まる!という仮説

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研修講師として講義しやすい状況といえば、学ぶ側が「この人に教わりたい!」という気持ちになってくれていることでしょう。

そのために講師としては、テーマについての深い知識や経験を持ち、わかりやすく適確に伝えられることによって、教える能力が認められます。
……が、そこにもうひとつ要素が加われば、学ぶ側に大きな動機付けが生まれると考えます。

それは、“面白い”かどうか!

学ぶ人と教える人との間に生まれる公式は、『教わる気持ち=教える能力+面白さってな感じでしょうか。

その面白いという印象は、学習の場における適切な“緊張と緩和”の落差を与え、”笑い”という現象を引き起こしながら、学ぶ人を刺激することにあります。
さらに例えれば……

前回の記事『講師という仕事に就いてから、話し方の何が変わったのか?』では、学習者へ緊張を与える重要なアプローチでありますが、笑いはその場でのほぐし方です。
「痛い!」と声を上げるほどツボを強く押さえることと、「あ〜、極楽や」と微笑むほど柔らかく揉んであげる行為によって、マッサージは「よう効くわぁ」と感じるようなものだといえましょう。

 

そんな 笑いとは、本人のセンスというよりも、笑わせようとする機会によって磨かれると考えます。

なのでで当方は仕事を離れると、笑いにつながることならやたらめっぽう口にするという無茶を行います。

それを『捨て笑い』と呼んでいます。

 

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日頃、何かを捉えては、その場その場でつまらないことでも気にせず言い切ります。

たとえば、こんな感じです。

「和歌山で思いっきりジャンプしたら、ちょっとだけオーストラリアが見えた。ちょっとだけやけどな」と言い放ったり、「アルジェリアにはジェリアがあるけど、ナイジェリアはジェリアが見当たらんなぁ」と、したり顔で遠くを見つめます。
すべて嘘です。とにかくあることないこと構わずに言います。
鼻歌の歌詞もデタラメです。
「空を自由に飛べないが〜♪」と夢を現実に引き戻したり、「唄い出すのさっ! ウソ唄を〜♪」とデタラメな歌であることを宣言したりです。

……ま、そんな意味のないことを次から次へと口に出すことで、前回の記事で紹介した講師としての話し方で溜まったコリをほぐしたりもしているのですが。

 

こうした質より量を求める『捨て笑い』が、面白げなことを言う瞬発力を高めておくことになり、学習の場においてもその機会を見出す感度が上がったりします。

せっかく面白くなるところをわずかにタイミングを逃すだけで、笑いという緩和には至りませんし、ネタのような決まり文句だけでは教える人のユーモア感は発揮されません。
ましてや「〜だぜぇ」的な流行のギャグに助けられるようでは、かえって恥ずかしいですし。

笑わそうとして言ったことに反応がなく失敗したと感じたら、冷静に「嘘です」と憂いをこめて言えば、その場はなんとなくクリアしますから。

 

以上、なんやかんや勝手なことを述べましたが、結論としては、そんなつまらぬ笑いでもちゃんと拾ってくれる相方の存在が重要なのですね。
人それぞれのユーモア感覚って、周囲の人たちとの感性の刺激具合で育まれますから。

だから日頃、当方の軽口に対してキャッチしてくれ、より以上の返しをしてくるパートナーや友人に感謝する次第なんです。
実はそれが言いたかったのでした!

 

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