江戸時代も現代も、学ぶ人に必要なマインドって同じ。それは立志!

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日本能力協会マネジメントセンターが発行する月刊誌『人材教育』を、楽しみに読んでいます。
書店で見かけることのない雑誌ですが、教える仕事をする者にとっては刺激的な記事が多いです。

さて今月号で面白かった記事が、『教えの本質は学びにありー江戸時代に見る教育の原理』です。
京都大学の辻本雅史名誉教授が寄稿されたもので、江戸時代に実践されていた”教えること”と”学ぶこと”の関連性がわかりやすくまとめられています。

特に、貝原益軒の『和俗童子訓』に記された「聖人は人に道を与ふるも人に志しを与ふること能はず」というメッセージには、首を縦に大きく振りました。

図解にすれば、こんな感じになるでしょう……

 

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学ぶ側が持つべき学ぶ意欲が欠如している者には、いかに優秀な教える人物であっても教育できないと述べています。

その意欲というのが、“立志”です。

めざす目標へ近づこうと、日々レベルアップする人物に芽ばえる立志の姿勢が、先を進む師を捉え、そこから学びを得ます。

たとえば、手習塾(寺子屋)や藩校では、教える人は”読みと意味”を説き、学ぶ人はひたすら実践するのみです。
いわば、あり方を教えらえ、やり方を工夫していくという具合なのでしょう。

そのためには教える側は、学ぶ側の学ぶ力を信じて任せる度量が必要です。やらせてみて、間違ったときに教えを与える。
こうした「教え込まない」姿勢を、貝原益軒が主張しているのです。

 

我々現代人はどうかといえば、教えるべき内容がカリキュラム化され、画一的な一斉授業によって「教え込み型」の教育を受けてきました。

だからなのか、「どうやったらいいのですか?」というやり方を知りたがる受講者や、それをオーダーしてくる人材教育担当者が少なからずおられますね。

 

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……ということで、出張先に持参した『人材教育』を読みながら、かの貝原益軒の主張へ大いに賛同しております。

もしタイムスリップでもして貝原益軒とお会いできるなら、「そうそう、あるある。わかるわぁ、それ〜」と互いに盛り上がることでしょうね!

 

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